アムドの南

中国青海省東北部チベット文化圏を中心にした旅の記録です

アバ(阿壩)・公安局訪問

 

道の途中で待ち構えていた公安にパスポートを見せると、降りろ、こっちの車に乗れ、荷物も一緒だ、と言われ乗り換えることになった。
トラックの運転手にいくらだと聞いてみた、50元と言うのでおまけして100元払った。
なんで50と言うのに100も払うんだと公安がうるさい、あれは俺の謝だと言うと公安も黙った。

 

しぶしぶ公安の車の後部座席に座ると、両側に二人の公安が乗った。
公安局はすぐだった。途中さっきの運転手が車を停めて心配そうに見ている。
心配いらないよと振り向いて手を振ろうとするが、がっちり両側の二人にガードされて動けない、職業がらひざを使ってうまく押さえ込んでいる。

警察に連行されるというのはこんな感じなんだろうなあと思った。
父上様母上様こんな不祥な息子を持ったことをお許しください。

 

検問していた公安は三人しかいない、私を連れて三人ともいなくなったらその間の検問はどうするんだ。
もしかして私はちょうどいい今日の獲物だろうか、ふと不安がよぎる。

アバは知る人ぞ知るチベット問題抵抗運動の中心地だ、焼身自殺をした人が約30人もいる、ダントツ1位だ。だからこそ来て見たかったのだけれど少し甘かっただろうか。
ちなみに同仁のニャン君の村でも、一人が焼身自殺をしていると言っていた。

 

あまり公安局らしくない建物の二階に連れて行かれ、ソファーに座らされる。
他にも何人か公安がいた、しかし意外にも親切だ、お茶を出してくれ冗談なども言っている。
三人の公安はしばらくすると出て行った。けっこう長く何かを調べている。

テーブルの上に置いてあった半分になったスイカを食べるかと聞いて、切り分けてくれた。
テーブルに置いてあったスイカなんて生ぬるくて食べたくもないなあ、と思いつつ口にすると、不思議だ甘くて冷たい。
湿度のせいだ、湿気が少なく空気が乾いていると日があたらなければ、ほったらかしておいても冷たいのだ、と推理してみた。
意外なおいしさにおもはず、

すいません刑事さん、ゴンパに行ってチベットの旗を振り、フリーチベットを叫ぼうと思いやって来ました、もうしわけねえ。
と口走りそうになった。

あぶねえ、あぶねえ。

何も出てこないはずなのにいつまでたっても調べが終わらない。
ふと部屋の壁を見ると大きな旗が飾ってあった。真っ赤な地に真黄色の旧ソビエトのマーク鎌とハンマーだ。きっと共産党の旗だ。おもはず、

旗を見てみろ、共産党は労働者や農民、貧しい人たちの見方だぞ、富裕層の見方じゃないぞ。
と腕を振り上げそうになった。

あぶねえ、あぶねえ。

やっと調べが終わった。

 

さあホテルに行きましょう、二人ほどが私を連れて近くのホテルに行く。
やだなあホテルは自分で選ぶよ、この街での行動は公安に管理されているわけか。せめて安い部屋にしてくれ。

しかしこれだけでは終わらなかった。ホテルのカウンターにいるとどこからともなく大きな男が現れた、ジーンズに普通のシャツを着ている。
男は明日11時にバスがある、それに乗って街を去れと言った。
え、僕はただ観光に来ただけだ、ゴンパを見て回るだけだ。と言うと、
ゴンパの見学はだめだ。
何もしないよ大丈夫だ。
だめだ明日出て行け。
そこへ中国人の観光客が戻って来た。
中国人はいいのか。
いい。
何でだよと、食ってかかろうとしたが…。
わかった明日朝この街を去ると言ってしまった。男の目つきがだんだん鋭くなってきたからだ。
男は少し笑みを浮かべるとホテルを去って行った。

 

と同時に他の公安も去った。カウンターにはお姉さんとおばさんと私が残った。お姉さんも男に何か言ってくれていたみたいだけれど、意味なかった。

部屋のカギをくれおばさんが案内する、よかった安い部屋だった。
おばさんにこの街でも盆踊りをやっているかと身振り手振りで聞いてみる。
やっているわよこの裏の広場で。もうすぐ7時になるから始まるは、早く行きなさい。


おばさんのうれしそうな顔を見て少し気分が戻った。